ラムサール条約湿地 中池見湿地
中池見湿地は福井県敦賀市中央部、市街地の北東にあり、周囲を天筒山、深山、中山の3つの低山に囲まれた広さ25haほどの盆地状の湿地です。JR敦賀駅からわずか2㌔ほどと、市街地のすぐそばにありながら豊かな自然が残されています。
2012年、その生物多様性の高さに加え、袋状埋積谷という特異的な地形や、世界屈指の厚さ40mにも及ぶ泥炭層が地下に堆積していることから、「国際的に重要な湿地」と認められ、中池見湿地はラムサール条約に登録されました。
国土地理院空中写真を利用
中池見の歴史
大河ドラマには必ずといってよいほど登場する「金ヶ崎」。織田信長が越前朝倉を攻めた際、戦国時代を描く天筒山城に続いて金ヶ崎城を落としたが、背後から妹婿である浅井の離反により挟み撃ちにあい急ぎ撤退したという話は有名です。その天筒山城を信長が落とす際、守りが手薄だった天筒山の背後の深い沼側、池見側から攻めたと伝えられています。
その当時の中池見は杉の巨木が繁茂する沼地でしたが、江戸時代に入り全国的に新田開発が盛んなおり、中池見でも湿地全域が開墾されました。今でもその痕跡として、湿地のあちらこちらに「根木(ねき)」と呼ばれる大きな杉の切株が残されています。以来300年にわたって、全域で水田耕作が行われてきました。
しかし、1970年代には減反政策が始まり、また深田であることから圃場整備、機械化などできず、後継者不足に拍車がかかり耕作放棄地が増えはじめました。
1990年代には、工業団地計画が浮上、湿地西側に国道8号線バイパスが開通し、さらに大阪ガスによるLNG備蓄基地建設計画、北陸新幹線建設計画と、次々に開発計画が浮上しました。中でもLNG備蓄基地建設計画では湿地のほぼ全域が用地買収され、ほとんどの水田は耕作放棄されました。
これらの開発計画に対し、地元の市民団体による中池見の保護を訴える活動が活発化、トラスト運動と合わせて、市民と研究者による中池見湿地の調査や保全活動などが進められ、国内だけでなく国外へも中池見湿地の重要性や開発問題についても伝えられていきました。
その後、2001年には日本の重要湿地500に選定され、翌年2002年にLNG備蓄基地建設は中止されました。また2004年、用地買収された土地とすでに整備された施設『中池見人と自然のふれあいの里』が、大阪ガスより保全基金とともに敦賀市に寄附されました。
2007年、敦賀市より福井県知事へ中池見湿地のラムサール条約湿地登録に向けての重要要望書が提出され、2012年に中池見湿地は越前加賀海岸国定公園に編入、そして同年7月、ルーマニアで開催されたラムサール条約締約国会議にて、ラムサール条約湿地に登録されました。
中池見湿地の特徴
成り立ち・地形・泥炭層
中池見湿地は、10万年以上前、南北に走る池見断層の運動により東側が隆起、西側が沈下することで、西から東に向かう沢水の流れがせき止められてできました。その後溜まった水や堆積物の上に育った植物が枯れて遺骸となって堆積し、泥炭層が形成されていきました。その後も断層運動が起こるたびに、数メートルずつ隆起しては泥炭層が堆積し、隆起しては堆積するということを繰り返しながら湿地は拡がり、袋状埋積谷という特別な地形と世界的にも稀にみる厚さ40mにも及ぶ泥炭層が形成されました。その上中池見湿地では堆積物が流れ出ることなく袋状埋積谷としての状態が良く保存されており地形の典型例として評価されています。なお、中池見湿地の北側にある内池見、南側の余座池見も同様のプロセスを経て形成されました。
泥炭層は、そこに含まれる花粉などを分析することにより、当時の植生や気候などを知ることができる学術的価値の高いものです。加えて、昨今では地球温暖化防止や生物多様性の保全に向けて、泥炭地の保全は極めて重要と認識されています。というのも、泥炭地は地球の陸地表面の約3%にすぎないにも関わらず、そこに貯蔵されている炭素は世界の全森林の2倍もあり、泥炭地である中池見湿地の保全は地球温暖化防止に直結していると言えるのです。
生物多様性の高さ
「生物多様性」とは、地球上にいろいろな生物が存在しているということ、またそれら生物の豊かさとつながりを表す言葉です。生態系の多様性、種の多様性、遺伝的多様性という3つの要素で構成されており、中池見湿地は生物多様性が非常に高いことでしられています。
まず、生態系の多様性。中池見湿地には湧水の量や微標高、土地の来歴の違いによって水田、休耕田、ヨシ原、スゲ群落、ため池などの要素がパッチワーク上に点在しており、デンジソウやミズアオイ、マルバノサワトウガラシ、シマゲンゴロウ、トノサマガエルなど、稲作と強く結びついたライフサイクルを持つ生物とミズトラノオやヤナギヌカボ、ガマキスイ、アオヤンマなど安定した湿地を好む生物が隣り合った環境で見られます。
左:ミズアオイ 右:ミズトラノオ
また、湿地周辺には山林や沢、草原などの環境も存在していて、石灰岩を好むゴマオカタニシや酸性の水域を好むフトヒルムシロなど特殊な環境に適応した生物や、湿地で羽化して成熟するまで林内で過ごすオオアオイトトンボや産卵のために浅い湿地まで遡上するナマズなど、緩やかにつながった多様な環境を巧みに利用しながら生活している生物が数多く暮らしています。そのほか、モクズガニやミサゴなど海と湿地を行き来して暮らしている生物もいます。
このように、相互にかかわりあいながら存在している生物や環境、物質などをまとめて「生態系」と呼び、中池見湿地周辺は比較的狭い範囲に多様な生態系が存在していると言えます。
次に種の多様性。中池見湿地にはわかっているだけで4,000種以上の生物が生息しており、国や県のレッドデータリストに掲載されている種も少なくありません。4,000種の中にはナカイケミヒメテントウ、タケダウスゲガムシ、キタメノダカ、Cotesia testacea(サムライコマユバチ属の寄生バチ)など、中池見湿地を模式産地として記載された生物も複数います。中池見湿地の驚くべき種の多様性の高さは、先ほど説明した生態系の多様性のほか、湿地の地理的な特徴によっても説明できます。
左:ナカイケミヒメテントウ 右:キタノメダカ
中池見湿地がある福井県は本州日本海側のちょうど中央付近に位置していて、その中でも特に敦賀市周辺はヒガシニホントカゲとニシニホントカゲ、オオシマドジョウとニシシマドジョウなど本州の東西に生息する生物の分布境界にあたるなど、生物地理上に重要な地域です。そのほかにもアブラボテやホソミイトトンボなど西日本に広く生息する生物の日本海側の分布東限付近にもあたり、生物の進化や分布の拡大を考える上で非常に重要です。中池見湿地と周辺の山林ではこれらのほかにもオオルリボシヤンマやミツガシワなど北方系の生物とクチキコオロギやコクランなど南方系の生物が見られ、まさに東西南北の生物の交差点のような場所なのです。
最後に遺伝的多様性。トキワイカリソウという植物は地域によって花の色がことなることがあり、福井県北部では花が白いものばかりが見られますが、中池見湿地周辺では白から赤紫までバリエーションにとんだ花色のものが見られます。逆に、キクザキイチゲやミスミソウなどは全国的に花色のバリエーションが見られますが、中池見湿地周辺では白色のものしか見られません。
白いトキワイカリソウ。奥に赤紫色のものも見える
このような地域差は遺伝子の違いによって引き起こされると考えられ、それぞれの地域に固有な遺伝子をもった生物が存在していることは生物多様性を保全する上でとても大事な要素です。たとえば、中池見湿地に生息しているキタノメダカとドジョウType-1(ドジョウに近縁な未記載種)は、遺伝的解析によって初めて近縁な別種と区別されました。このような生物の存在は目には見えない遺伝子の多様性について詳しく調べることの大切さを教えてくれます。
中池見湿地の生物多様性の高さがこれほど詳しく解明されているのは、湿地全体が詳しく調査されているからにほかなりません。大阪ガスによるLNG(液化天然ガス)基地建設計画や新幹線トンネル工事などの開発にともなうアセスメント調査、各大学による調査研究、長年にわたる市民調査など、多様な主体によってなされてきた調査は、中池見湿地がラムサール条約に登録される要件を満たすうえでも大変重要で、どれもが欠くことのできない要素でした。なお、菌類や土壌動物など、まだまだ調査のおよんでいない領域もあるため、中池見湿地の生物多様性はこれでもまだ過少評価されているということもできます。
中池見湿地の生物多様性は、10万年以上の歴史と地理的な要因によって裏打ちされ、多様な主体による丁寧な調査研究と膨大なデータによって可視化されているのです。
敦賀市中池見湿地保全活用計画【構想・基本計画】より
アクセス
住所 福井県敦賀市樫曲79号奥堀切
徒歩の場合
・JR敦賀駅より 2km 30分
・JR敦賀駅から「コミュニティバス(東郷線)」にて「中池見口」で下車 500m 10分 (運賃200円)
※コミュニティバス(東郷線)は予約制です。詳細はリンク先をご確認下さい。
お車の場合
・北陸自動車道敦賀インターチェンジより 2km 5分
藤ヶ丘駐車場 16台、樫曲駐車場 20台(大型バス可)が駐車可能です。